何故私は彼女を殺し、その肉を食らったのか。

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003| 私を殺した虚構
 同人サークル『ブランジァン』は創作文芸系では大手で、美少女ゲームで活躍する中堅ライターを擁しており、「オンラインセッションの結果を小説化して発表する」という創作手法を売りにしていた。意地悪な言い方をすれば、素人の作った厨二マインド溢れるオリキャラの大活躍(笑)をプロやセミプロライターが小説化してくれる、ということになる。参加希望者は多く、ゆえにオンラインセッションへの参加は有料となっていたが、それでも総参加者数は百人近くにのぼっていた。
 私が参加していたのは『死せる大地に遺されしもの』と題された長編シナリオ、TRPG用語で言うところのキャンペーンシナリオで、セッションは月に一度、全十回で完結するという形になっていた。「いかなる場合もセッションのやり直しは行わない」「誤字脱字の修正を除き、いかなる場合もリプレイ小説の書き直しは行わない」というルールだった。ちなみにリプレイ小説とは、セッションの内容を元に書いた小説のことを指す。
 私の作ったキャラクターは、小説内で大活躍した。
 特殊な地位、特殊なアイテム、恋人役のNPCを惜しみなく与えられ、事実上のヒロインのひとりとして扱われた。
 私のキャラの活躍は、匿名掲示板で中傷された。「あいつの活躍は贔屓だ。セッション時のロールプレイが優れているわけじゃない」「プレイヤーが女だから贔屓されてるだけだろ」「プレイヤーの顔、オフで見たけどブスだったよ。あんな女がいいって頭おかしいだろw」。悔しかった。だけど私はスルーした。たとえ贔屓だったとしても、贔屓されるのも実力のうちだ。私の他にも大勢の女性がセッションに参加している、なのに私の活躍だけが「女だから」と言われるなんて、言いがかりにもほどがある。それに容姿を評価されたくてTRPGをやってるわけじゃない。むしろ逆だ。現実の私に付随するすべてを棄てたくて参加している。
 私はひたすら虚構を求めた。虚構の中に現実を求めた。リアルの私は風俗嬢、高校時代に付き合ったDV男にされたことを汚物で上塗りするようにチンポをしごき、しゃぶる毎日。だけどオンラインセッションの場には、そんな私を知る者はいない。私はC-1シナリオのヒロイン、アウレーリアの生みの親。私にとっては虚構の方が、現実よりも重かった。
 私は朝も昼も夜もアウレーリアについて考えた。
 彼女はどんな家に生まれ、どんな風に生きてきたのか。彼女はどんな顔立ちで、どんな髪型や服装を好み、どんな価値観を持っているのか。何が好きで何が嫌いで、それは一体何故なのか。それらすべてを事細やかに想像しながら日々を過ごした。
 私にとってアウレーリアは、とてもリアルな存在だった。
 私は私自身よりもアウレーリアの幸せを願った。
 だからズレが気になりだした。C-1のGMであり、リプレイ小説の執筆者である星野雷人と私の抱くイメージの相違に苛立った。小説内で活躍するのは、彼のイメージするアウレーリアだ。性格も立ち居振る舞いも、私の中の彼女とは違う。「アウレーリア嬢は星野さんに愛されてますね」、そう誰かに言われるたびに、違う、彼が愛しているのは私の創ったアウレーリアじゃない、彼自身が創り上げたアウレーリアという名の別人、そんな思いが胸の奥からこみ上げるのを強く感じた。
 私の内部は卑屈になった。星野さんが愛しているのは私の創ったアウレーリアじゃない、彼自身の幻想によって理想化されたヒロインだ。他の参加者の目に留まるのも私の創ったアウレーリアじゃない、GMの幻想によって理想化された偶像だ。もしも私のロールプレイが彼のイメージを壊したら、アウレーリアは小説内では二度と活躍しないだろう。彼が担当しているのは、C-1シナリオだけじゃない。Cシナリオは五つあり、そのいずれにも主役として活躍しているキャラクターが存在する。アウレーリアに飽きてしまっても、代わりなんていくらでもいる。特にC-4シナリオの聖女シェラフィータの活躍は顕著で、光のシェラフィータと闇のアウレーリアは星野シナリオの二大ヒロイン、と参加者は口々にそんなことを言っていた。
 純真無垢なシェラフィータを、ウザいと感じるようになった。
 どうせ男はああいう女の方が好きに決まってる。星野さんの用意したNPCとの恋愛ネタに乗ろうとしない私の動かすアウレーリアなんかより、無垢で健気な美少女の受難を描いている方が楽しいに決まってる。だけど私にも勝機はある。シェラフィータを蹴落として星野シナリオのヒロインの座を確実なものにしたいなら、NPCとの恋愛ネタに積極的に乗ればいい。誘惑ならお手のものだ。いつも仕事でやっている。三次元の女に不慣れなコミュ障の男なんて、私の手に掛かったら、簡単に落ちるだろう。しかし私はしなかった。キャラクターらしさを優先し、星野さんの振ってきた恋愛ネタに乗らなかった。私にとってアウレーリアは、自分自身よりも愛すべき、優先すべき存在だ。己の虚栄心を満たすための釣り餌になんてしたくなかった。
 だけどリプレイ小説内では、アウレーリアは件のNPCに恋をしている、と記された。公式記録に書かれたのだから、それが公式設定だ。キャラが歪んでいくのを感じた。自分の一部が自分に無断で歪められるような感覚だった。負けるものか、と思った。愚痴なんて、文句なんて言いたくないと私は思った。汚したくなかったのだ。私自身より優先すべき架空の少女の生きる場所を、私自身の感情で汚すのは嫌だった。
 だから〝ゲームの参加者〟に徹した。
 ロールプレイとシナリオの謎解き、そのふたつだけでアウレーリアをこの世に存在させようとした。
 最終回のひとつ前、アウレーリアとシェラフィータの対面が小説に描かれた。それは実際のセッション中には起きなかった出来事だった。小説内でアウレーリアはシナリオの行方を左右する特殊アイテムを入手した。それは聖女シェラフィータが破壊しようとしていたもので、世界の命運を左右する危険な魔法のアイテムだった。そんな重要アイテムの使用許可が私に下りた。客観的には、活躍だった。しかし私はショックを受けた。小説内でのアウレーリアは、シェラフィータの引き立て役。実際のセッション中とはまったく異なる行動を取り、価値観に反した台詞を言い、性格に反した台詞を言い、純真無垢なシェラフィータの被虐的魅力を引き立てていた。活躍の機会をあげるから引き立て役を演じてね、と言われたような気分だった。
 悔しかった。ねじ曲げられてしまったものを取り戻したいと強く思った。あんな女の引き立て役にはなりたくないと強く思った。シェラフィータは口癖のように「私はみんなのために生きたい」「私には希望の光が見える。この世に生きるひとりひとりが希望をもたらす光なの」、そんな言葉を繰り返す。苛々する。私には不快でならなかった。何が希望だ、何が光だ、何がみんなのためなんだ。おまえの言う希望なんて、私にとっては絶望だ。聖女の希望と献身で闇に魅入られたアウレーリアの孤独な心も救われました、めでたしめでたし、そんな最終回なんて私は絶対認めない。彼女が身を捧げるのは都合のいい〝みんな〟だけ、彼女が賛美しているのは都合のいい〝希望〟だけ。私自身よりも大切な架空の少女アウレーリアを、こんな偽善者の引き立て役には絶対にしたくなかった。だけどそのためにすべきことは、文句を言うことじゃない。匿名掲示板に罵詈雑言を書き立てることでもない。ゲームのルールに則って、よりキャラクターらしく活躍する。それだけがアウレーリアをキャラとして生かす手段なのだ。だから私は最終回に特殊ルールを使用した。
 プレイヤーは原則としてひとつのシナリオにしか参加出来ない。たとえばC-1とC-2はいずれも星野さんの担当だが、シナリオ自体はまったく別個のものとして扱われる。だからアウレーリアとシェラフィータは同じセッションに参加出来ない。私の動かすアウレーリア、私の意思で動く彼女がシェラフィータのいるシナリオに関与することは出来ないのだ。だけど特殊ルールであるシナリオメイクシステムを使えば、ひとりのプレイヤーとキャラクターが複数のシナリオに影響を及ぼすことが可能だった。
 シナリオメイキングシステムは、セッション開始前に申請する。
 それは既存のシナリオとは大きく異なる行動を起こす際の特殊ルールで、その内容は複数のシナリオに影響を及ぼし、なおかつ新しい展開を生み出すものでなければならない。申請内容が採用されれば、GMの認めた期間中に限り、該当シナリオのセッションすべてに参加することが出来る。その代わり不採用となった場合は、その回のセッションに一切参加することが出来ず、リプレイ小説内においてもキャラクターは登場しない。採用か否かの判定は、全GMの合議制。それが特殊ルールであるシナリオメイキングシステムの全容だった。
 私の申請内容は、件の特殊アイテムを使用するというものだった。
 ただ使用するだけなら、通常のセッションで事足りる。星野GMだって、アウレーリアに使わせるために与えたに違いない。こだわったのは、場所だった。もっとも劇的な形でアイテムの効果が現れる場所。アウレーリアのキャラクター性をより強く生かせる場所。選択したのはAシナリオの舞台である、王都だった。アウレーリアに与えられたのは異界の扉を開く鍵。異界に住まう外なる神の、邪悪なしもべを召喚するもの。これまでのセッションの結果、アウレーリアは任意の場所に異界の門を開くための知識と技術を修得していた。アウレーリアは元々は王都に住まう貴族の娘で、物語的にもキャラクター的にも赴く場所はそこしかなかった。
 結果の通知はメールで届いた。
 差出人は星野GMではなく、すべてのシナリオを統括するサークルの代表者だった。
「あなたのシナリオを採用すれば、凄まじい展開になると思いました。最後まで悩みましたが、協議の結果、不採用となりました。最後の最後でごめんなさい」
 ふーん、そうなんだ。まるで他人事のように思った。そしてしばらく経ってから、謝るくらいなら何も言うな、未練なんて抱いたら余計に惨めな気分になる、そんな怒りがこみ上げた。涙が出たのは何時間も経ってからのことだった。私は最後の勝負に敗れた。私は自分の生み出したアウレーリアを生かせなかった。胸に大きな風穴が開いた。悲しくて悔しくて寂しくて仕方がない。それでも私は期待していた。最終回だから、今まで物語の中心にいたから、何らかの救済措置が与えられるかも知れない。同じシナリオのプレイヤーも、そんな風に言っていた。
 しかし実際にアップされた最終回の小説には、アウレーリアの姿はおろか名前ひとつ出ていなかった。アウレーリアなど最初から存在していなかったかのように、私のよく知るキャラクターが希望を語り、活躍する。まるで自分の死んだあとの世界を見ているような気分だ。自分ひとりいなくても、この世は何も変わらない。自分ひとりいなくても、この世は普通に存続する。そんな事実をまざまざと見せつけられた気分だった。
 或いは私は本当に死んでしまったのかも知れない。
 自分の胸や体の中が空洞になったような気分だ。
 自分の体を切り刻んでもそこには虚無があるだけで、血など出ないのではないか、そんな突飛な空想がどこまでもリアルに感じられた。
 私の涙は止まらない。たかがゲームでこんなに悲しむ私は頭がおかしいんだ、そんな自責の念がこみ上げ、ますます涙が止まらなくなる。たかがゲーム、たかが二次元、たかが非実在少女、私のこの苦しさを理解出来る人はいない。私は食欲を失った。丸一日食事を抜いても空腹感を感じない。眠気もまったく訪れず、後悔と自責の念に押し潰されそうだった。死のう。たかがゲームで死ぬ私。私の命はとても軽い。だから死ぬのがお似合いだ。そんなことを思いながら、生まれて初めて小説を書いた。アウレーリアが凌辱され、自殺するまでを描いた小説。それはただの猿真似だった。これまでに読んだ小説や、これまでに聴いた歌の歌詞、それらを見よう見まねで組み立て小説もどきに仕立てただけだ。だけど書かずにいられなかった。何かに取り憑かれたように、私は小説を書き続けた。
 それをブログにアップすると、絶賛のコメントが寄せられた。
 私はますます悲しくなった。こんな内容、書きたくなかった。こんな結末、ほしくなかった。だけど私はコメント欄に「ありがとうございます。書いててアウレーリアの可愛さに萌えました」とレスをした。

 アウレーリアの活躍は、ある意味、出来レースだった。
 キャンペーンシナリオ『死せる大地に遺されしもの』では、参加シナリオはキャラクターの職業(クラス)によって決定する。召還術師のアウレーリアは、本来ならばAシナリオかBシナリオに参加するはずだった。しかし振り分けられた先は、上級者向けのCシナリオだった。
 私はサークル『ブランジァン』のセッション参加は初めてだった。人数的な都合によりやむなくそちらに振り分けられた、などとは私は思えなかった。第一回のセッションでアウレーリアには恋人候補のNPCがあてがわれた。特殊アイテムも付与された。それらは私のロールプレイの不備をフォローするものだった。
 この事実から察するに、アウレーリアを気に入った星野さんがGM権限を濫用して自分のシナリオに割り当てた、と考えるのが妥当だろう。それはルールを無視したもので、アウレーリアの活躍を依怙贔屓だと主張する連中の言い分にも根拠はあると思っている。
 だからこそ私は疑った。だからこそ私は不安になった。だからこそ私はムキになった。星野さんがアウレーリアに飽きたのではないかと疑い、アウレーリアからシェラフィータに乗り換えたのではないかと苛立った。第一印象が良ければ良いほど、マイナス面が目につくものだ。星野さんはアウレーリアの最終回を書きたくなかった、アウレーリアなどどうでも良かった、だから私のシナリオメイクを不採用にしたのではないか、そんな疑念や不信感が常に私につきまとった。

004| 打ち上げオフ・一日目
 人がゴミのようだ、と思った。それほどまでに会議室に集う人は多かった。『死せる大地に遺されしもの』の打ち上げオフ一日目。不満げな顔をした冴えない男がやたら目立つ。他人に認めてもらえなくて拗ねた子供のような大人。そんな中でも笑っていられる私はまるで、透明人間。私の機嫌を窺う者と、私を内心敵視する者、彼らの様子を私は自分の殻の中から眺めていた。
 派手な女とすれ違う。まるでコスプレのようだと思った。ここが渋谷あたりなら、群衆にとけ込んでいただろう。だけどキモオタの集団の中で彼女は明らかに浮いていた。脱色した金の髪を頭の上でふたつに束ね、エナメル質の光沢をもつ赤いワンピースをまとっている。アニメや漫画やゲームなどの二次元キャラがやる分には可愛らしい格好だけど、現実でやられると、どうにも遊び人っぽさが抜けない。なんなんだ、この場違いな女は。胸元の名札を確認すると、『乃木菜月』と書かれていた。彼女があの、乃木菜月。私が最初に志望していたBシナリオの担当者。彼女の元に行けていれば、私は今、こんなひどい疎外感に苛まれてはいなかっただろう。でも、それは、私じゃない。私のこの疎外感を知らないなんて、私じゃない。
 自分が笑っていることが、自分でも不思議だった。
 作り笑いは得意な方だ。高校のときは嫌いな人しかいないグループに籍を置き、誰に何を言われても作り笑いで流していた。意地っ張りなクソ女に「ユカっていつも笑ってるよね。悩みなんてないでしょ」と嫌味を言われたくらいだから、私の笑顔は本当に、笑顔のように見えたのだろう。私にとって笑顔とは、ポーカーフェイスの一種だった。他人に知られたくないことを隠すための虚構だった。笑っている自分は嫌いだった。薄っぺらな嘘をついているようにしか思えなくて、常に違和感を抱えていた。しかしその一方で、誰に何を言われても笑える自分を凄いと思った。崩壊した家庭の中で母親に虐待されていることを、完全に隠しているのだから。
 だけど流石に今回ばかりは笑えないだろう、と思っていた。
 最終回の公開日から打ち上げオフの前日まで、その間約一ヶ月、私は毎日泣いて過ごした。泣きたかったわけではない。気付くと涙が溢れていた。自分の一挙手一投足を後悔せずにいられない。そんな自分の愚かしさを容認することすら出来ない。胸に大きな風穴が開いてしまったような気分で、何をしても楽しいと思えなくなっていた。まるで自分自身が死んでしまったかのようだった。だからきっと、打ち上げオフの当日にも泣いてしまうだろうと思った。何気ない会話の途中で私はいきなり泣いてしまい、場の空気を白けさせてしまうに違いないと思っていた。
 しかし辞退は出来なかった。最終回の一ヶ月前、私は打ち上げオフに対する参加の意思を表明し、参加費を全額振り込んでいた。いや、参加費なんてどうでもいい。私の勤務先の店、風俗店で一人客を取れば取り返せる金額だ。つまりはチンポ一本分の値段。チンポを一本手でしごけば、手に入る程度の金。だから金は理由じゃない。これはプライドの問題だった。最終回でコケたから打ち上げオフに来なかった、と思われるのが嫌なのだ。私はこの喪失感、この苦しみや辛さや痛みを、誰にも知られたくなかったのだ。
 打ち上げオフの会場で、私はただ笑っている。
「いやぁ、たまらなかったっすね。あの小説」
 女に縁のなさそうな男が引きつった笑い声をあげた。気持ち悪い。たまらなかったって何、オナニーしたっていうことか。風俗嬢の私のネタで、ただで抜いたってことか。ふざけるな。他人の不幸をネタにして、汚いチンポをしごきやがって。私は愛想笑いを浮かべた。こんな気持ちの悪い男に私の苦悩も抱える辛さも、何ひとつとして知られてたまるか。
「バッドエンドが好きなんです」と私は笑いながら言った。
「ひどいっすよぉ、アネモネさんは。アウレーリア様が可哀想っす」
 私を非難するキモオタの目尻は嬉しげに垂れ下がっている。
「君さ」出し抜けに星野GMが話に割り込んできた。
「うちのサークルに来ない?」
 おお、と周囲がどよめいた。
「ブログの小説を読んだけど、君はGMに向いている。シチュエーションの作り方とか人物描写とか、すごくうまいんだよ」
 私は泣きそうになった。やめて、私は誰かに認めてほしくてあんな小説を書いたんじゃない。あんな結末、ほしくなかった。あんな小説、書きたくなかった。ああいう結末はどうかと思う、と否定してほしかった。私を評価するのではなく、アウレーリアにきちんとした結末を与えてほしかった。
 そんなことは言えなかった。私はただ笑っていた。
 私の隣に立つデブスは、不機嫌そうな表情でむっつり押し黙っている。私は軽い違和感を覚えた。彼女はネットでは饒舌だ。ブログには長文記事をアップ、なりきり系の発言をオフィシャル掲示板に頻繁に書き込み、他の参加者との交流も積極的に行っている。彼女はこの界隈では有名な人だった。胸元の名札には古臭いタッチのイラストと「HN:如月凛」、そして「シェラフィータ」の手書き文字。
 名札は主催サークル側から配布されたものだった。
 打ち上げオフの参加者は、名札の中の白い紙にハンドルネームとキャラクター名を明記しなければならなかった。
 しかし私の名札には、ハンドルネームしか記されていない。
 私は自分のつける名札に「アウレーリア」と書けなかった。

005| 打ち上げオフ・二日目
 打ち上げオフは一泊二日。団体用の寝室で男女別に休んだあと、午前十時にチェックアウト、その後はシナリオ別に分かれて二次会へとなだれ込む。Cシナリオの女性陣で打ち上げオフに参加したのは私と如月凛だけで、私はおのずと如月凛に寄り添うようになっていた。
 私は仕事以外では男と話をしたくなかった。こちらに利益があるならともかく、何の利用価値もないキモオタ相手に脳細胞を使うのは嫌だった。
 如月凛は終始無言で、愛想笑いひとつしない。
 ネットではあんなに饒舌なのに。もしかしてネット弁慶ってヤツ? リアルでは何も言えない人が、ネットをそのはけ口に利用しているだけってケース? そんな憶測がツボに入り、私は彼女に話しかけた。女子は自分よりも不細工な子を引き立て役に使うというが、救いがたい性格ブスは己の醜さを隠すために分かりやすい性格ブスと友達ゴッコをしたがるという仮説を私は提唱したい。ソースは私。私は性格ブスを好む。不満顔の美人よりも笑っている私の方が真人間に見えるからだ。
 もっともこの如月凛は、心身共にデブスだが。
「リプレイ小説で絡みがあって嬉しかったです」と私は彼女に話しかけた。自分のキャラクター名は、既に口頭で告げていた。「私、シェラフィータさんの活躍をいつも見てて。凄い人だなって思っていたので」
「私、アウレーリアって何してる人か知らなくて。リプレイ小説で絡みがあって、え、誰これ、みたいな」
 悪意を感じた。彼女はブログに書いていた。自分の参加シナリオだけでなくすべてのシナリオのリプレイを読んだ上で演じている、と。にも拘わらず、この台詞。仮にC-1シナリオのリプレイを読んでいなかったのだとしても、彼女の口調は侮蔑的で、私に対する悪意を感じた。
 だけど私は殺意を隠す。如月凛の冗談にウケているフリをする。
 私の後ろを歩く森山が鼻で笑うのが聞こえた。
 森山はアウレーリアの従者にあたるラヴィンのプレイヤーだった。お笑い芸人出身の若手タレントによく似た顔で、オタクっぽさを感じさせない普通っぽい男だった。森山のことは、好きではなかった。彼は私を褒め讃えるが、それらはどこか作意的で、油断のならないものを感じる。
 私は森山をガン無視し、如月凛におべっかを使った。
「如月さんは別のシナリオでは悪役をなさっていたそうですね」
「あー。悪役は癖になるっていうか」
「演じ分けが凄いと思いました」
「あー。よく言われます。同一人物とは思えない、って。こっちの悪役の方が本性だろ、って。シェラフィータのキャラ設定をブログにアップしたときなんて、誰だよこの美少女はってスカイプで言われまくって」
 私は笑った。如月凛の自分語りを楽しんでいるフリをした。心身共にデブスなくせにどこまでも自分中心な彼女も、性格ブスにおべっかを使い自分の弱みを隠す私も、どちらも滑稽で仕方ない。私は相手に話を合わせ、如月凛のファンを演じた。
「そういえば如月さんってクトゥルー神話がお好きだそうですね」
「あー。はい」
「私も好きなんです」
「そう」
 おまえの好みなんて興味ない、と言わんばかりの仏頂面。
 デブスのくせに、コミュ障のくせに、自分中心の話題じゃないと気が済まないのだろうか。嫌な女。自分の創った美少女が狭いコミュニティで有名になった、たかがその程度のことで、自分まで偉くなったと勘違いするなんて。キャラクターとプレイヤーを区別する、それはTRPGの鉄則だ。いくらキャラが活躍しても、いくらキャラが愛されても、おまえがデブスでコミュ障だという事実は決して変わらない。そう胸中で罵ると、他人事では済まされない危機感が間近に迫ってきた。最終回のシナリオメイクがもしも採用されていたら、私も調子に乗っただろう。私も如月凛のような勘違いをしていただろう。如月凛は、もうひとりの私だ。私は彼女を笑えない。彼女を笑う資格などない。

 中華料理店で昼食をとり、カラオケボックスで三次会。時間的な都合から帰っていく者も多く、カラオケボックスに着いた頃には人は疎らになっていた。
 Cシナリオの主役を演じた如月凛に寄り添う私は常に一団の中心で、結果として星野GMの近くを歩く形になった。今日は打ち上げオフなのだ、担当GMにシナリオの裏話を訊くことが許されている。だけど私は星野さんに話しかけることが出来なかった。訊きたくなかったわけではない。逆だ。少しでもいい、なんでもいい、失われた物語の痕跡に触れたかった。そのために私はここにいる。プライドを保ちたいだけならば、何故三次会まで残るだろう。
 星野さんは他の参加者の質問に小声で答えている。その内容は聞き取れない。星野さんの方から私に話しかけてくることはなく、私はシナリオメイキングシステムのルールを思い出しながら──「採用か否かの判定は、全GMの合議制」──非採用を主張したのは星野さんだったのかも知れない、そんな疑念を隠すために楽しんでいるフリをする。
 カラオケの席で私は英語の歌を選択した。
 歌詞を要約すると「あなたと一緒にいるときは、あなたの抱く幻想によって私はとても苦しんだ。だけどあなたが立ち去った今、私はまた孤独になった」、我ながら正直すぎると思うけど、誰も何も言わなかったから、誰も歌詞の内容なんて、或いは私の本心なんて、気にしていなかったんだと思う。
 ネタ曲ガチ曲入り乱れ、カラオケは盛り上がった。だけど私は星野さんの貧乏揺すりが気になった。高校生の頃、私には貧乏揺すりをする癖があった。他にやりたいことがあるのに我慢しなければならないとき、言わなければいけないことがあるのに言い出せないときに、私は決まって貧乏揺すりがやめられなくなっていた。だから気になったのだ。隅っこの席に腰掛けた星野さんの隣は私で、だから最終回について、彼は私に何か強く伝えたいことがあるのだと思った。しかしその一方で、それはただの期待だよ、根拠のない期待だよ、未だに期待を捨てられない私はどれだけ甘いんだ、そんな自己ツッコミに私はあっさり敗北する。
 時間はあっという間に過ぎ、残り時間が十分だとフロントからコールが入った。「あと一、二曲か」と星野さんが呟いた。誰かが一曲入れたあとで星野さんがもう一曲入れた。曲名を見て「あ」と思った。それはアウレーリアと件のNPCのテーマ曲にいいのでは、と他の参加者がかつてオフィシャル掲示板に書き込んでいた曲名だった。
 だけどその曲が始まる前に、タイムリミットが来てしまった。
 そのイントロを聴くことすらなく、カラオケボックスを後にした。

 解散し、ひとりになると、視界が急に涙で滲んだ。
 終わった。これで本当に終わってしまった。
 帰りの電車に揺られながら、私は涙を流していた。
 もはや人目は気にならなかった。誰かに変に思われたらだとか、知っている人に見られたらだとか、そんな常識的な視点はとっくに消えてしまっていた。私の苦痛、私の悲しみ、私の辛さを知る者は、この世のどこにも存在しない。私という人間は、存在しないも同然だ。私の辛さは誰にも見えない。私は透明人間だ。胸にあいた空洞が膨れ上がっていくのを感じる。
 わずかに残った私の理性が、車内にひしめく人々の無関心に感謝していた。

006| 私の日常
 目覚めると、見慣れた天井が視界を覆った。自分が未だに生きている、その事実に落胆した。私は今日も生きなければならない。どれほど長い年月を生きても、どれほどの偉業を成し遂げても、私のもっとも欲しいもの、失われてしまったものを取り戻すことは決して出来ない。なのにどうして私は今日も生きなければならないのだろう。
 目に見えない空洞が、胸にあいているのを感じる。
 ベッドの上で身を起こす自分自身の体の動きが、見えない糸に操られる人形のようにしか思えない。
 自分の意思、自分の心、そういうものの存在を私は信じられなくなった。私は憎みすぎたのだ。聖女シェラフィータと彼女の仲間、私の居場所を奪った者たち、奴らが賛美するものを私は片っ端から憎んだ。連中は言う。「心を強く持ち、己の勝利を信じよう」「揺るぎない信念こそが、最大の武器だ」「信じる心があれば、出来ないことなんてない」「みんなで力を合わせよう。みんなで幸せになろう」……。彼らの吐き出す綺麗事を、私はすべて否定した。心を強く持つって、何。勝利を信じるって、何。揺るぎない信念だとか、それってただの狂信でしょ、自分本位の盲信でしょ。そんなものを美化した挙げ句、ありがたがって押しつけるなんて気持ち悪いです死んでください。そもそも心を強く持った結果が今の私なんですけど。そもそも心って、何。そんなものがどこにあるの。私の体を切り刻んでも心なんて見つからない。そういうものを絶対視してヒーローゴッコするなんて、あなたたち電波すぎませんか。みんなで力を合わせようって、単なる数の暴力を美化して陶酔してるだけだし。みんなで幸せになろうだとか、いったい何様のつもりですか、あなたたちの綺麗事で万人を救えると思わないでください。あなたたちの言う〝みんな〟には、この私は入っていないんだ。
 そうやって否定し続けた結果、意思や心の存在を私は信じられなくなった。憎い奴らは決して消えない。ただ私の疎外感が倍増しただけだった。

 重労働をしたわけでもないのに、体が鉛のように重い。
 いつものように昼前に起きて、朝食をとらずに出勤する。母は顔をしかめている。でももう何も言わなくなった。そんなに私のことが嫌なら、私の顔を見るだけで不機嫌になるくらいなら、ひとり暮らしをさせればいいのに、母は未だに「女の子は結婚するまで自宅で花嫁修業をするものだ」「ひとり暮らしをしたいならおまえを育てるためにかかった金を全額返せ」などと時代錯誤な価値観を振りかざす。だから私は風俗勤務。最初は「絶対に稼いでやる」みたいな強い意気込みがあったけど、今はもう、ただの惰性だ。夢も目標も目的もなく、ひとり暮らしをすることにもはや意味は見いだせず、ただ目先の消費のためにチンポをしごき、しゃぶる毎日。
 駅のホームで電車を待つとき、緊張するようになった。
 自分が今にもホームの端から線路に飛び込んでしまいそうで。
 死ぬのが怖いわけではない。自分自身が自分の制御を離れてしまうのが怖いのだ。意思や心の存在を信じられなくなったことと、何か関係があるのだろうか。ホームに滑り込む電車を見るたび、自殺道具が私を呼んでる、早く楽になれと言ってる、そんな思いに戦慄する。この世は凶器に満ちている。たかかゲーム、たかが二次元、たかが非実在少女でも私をここまで追い込めるのだ。規制なんてしても無駄。この世のすべてが人を殺す。この世のすべてが私を殺す。聖女シェラフィータと彼女の仲間の台詞を私はまた、思い出す。「生きてるって素晴らしい」。苛々する。生きるというのは、綱渡りだ。少しでも足を踏み外せば針の山に転落し、苦しみながら死んでいく。素晴らしいわけがない。
 この世は凶器に満ちている。この世のすべてが私を殺す。わずかに残った客観性が「被害妄想だ」と私を責める。「そんな風にしか考えられないから、おまえはこんな思いをするんだ。キャラを曲げられただとか都合のいい演出道具にされただとか、そんなのみんな被害妄想だ。被害妄想が動機だから、間違った観念が動機だから、あんな結末しか得られないんだ」。私自身の脳すら凶器。私が私を殺そうとする。

007| 真人間ごっこ
 スカイプにログインすると、森山がオンラインになっていた。
 私はいつもオフライン状態。実際にはインしていても他人のアカウント上ではオフラインと表示されるよう、設定している。嫌なのだ。自分の動きを把握されるのが。チャットしたい気分のときだけインする、という手もあるが、そんなけじめを己に課したら私はログインしなくなる。人付き合いが嫌いだからだ。そもそもこのスカイプはTRPG関係専用で、リストに表示されるのは付き合いで登録したプレイヤーばかり。アウレーリアの活躍に対して僻みっぽい発言を繰り返していた奴もいる。彼らとチャットしたい気分になど、私にはなれそうにない。
 それでも私はログインする。星野GMをはじめとしたサークルの面々は、癒着防止の観点から、参加者との個人的な交流を禁止されていた。スカイプにインしてみたところで、得られなかった最終回の断片にすら触れられない。それを知るはずの者は、スカイプ上にはいないのだ。なのにログインしてしまう。得られるものなど何もないのに、森山の名前をクリックし、彼だけに見えるようオンライン状況を通知する。
「アネモネさん。やっぱり星野さんに頼みましょうよ。アウレーリア嬢の最終回を書いてほしいって。個人的に頼む分には問題ありませんから」
 森山がこの話をするのは、いったい何度目になるだろう。彼の無神経な発言に、私はいつも泣きたくなる。スカイプで繋がれば、彼は決まってこの話。分かりきっているはずなのに、私はログインしてしまう。
「もう終わったことです。星野さんだって迷惑します」
「終わってなんかいません。アネモネさんの中ではまだ終わっていないでしょう。どうしてそんなことを言うんですか」
「そういうルールですから。リスクとリターンを承知の上で、シナリオメイクをしたんです」
「僕だって見たいんです。アウレーリア嬢の最終回を」
 嘘だ。私は激しい怒りを覚えた。森山が見たいのは、星野さんの手によるアウレーリアの〝公式最終回〟などではない。自分の創ったキャラクター、ラヴィンのハッピーエンドだ。彼はショックを受けていた。アウレーリアとの結末をラヴィンが得られないことに対して。彼はただ、アウレーリアをモノにしてオナニーしたいだけなのだ。自らの欲望を満たすために私の中に土足で踏み込み、私の苦痛を利用する。その欺瞞が、その偽善が、私はどうしても許せない。
「とにかく、この話はやめませんか」
「いいんですか、それで」
「私は星野さんに最終回を頼むつもりはありません」
「星野さんだって書きたいはずです。アウレーリア嬢の最終回を。あれだけ愛情を込めたキャラです、ひとりの物書きとして、最後まで書きたかったはずです。でもオフィシャル側の人間という立場上、自分からそれを言うことは出来ないんですよ。だからあなたが頼むしかない。頼みにくいなら、同人誌のゲスト原稿、という口実にすればいい。そういう依頼方法なら、サークル内で問題になることもありませんから」
 私は声を殺して泣いた。テキストチャットだったから、私が泣いていることなんて知られるはずはないのだけど、それでも本音が漏れないように私は奥歯を噛みしめた。彼の言うとおりだとしたら、どれほど幸せなことだろう。でも、もしも違っていたら。私が思っているとおり、星野さんにとってアウレーリアは単なる演出道具でしかなく、最終回を書かされるなんて迷惑でしかなかったら。勇気を出して頼んでも、拒絶されるかも知れない。私はもう、これ以上、傷つきたくなかった。
「嫌です。頼めません。私だったら迷惑です」
 おまえの無神経さは迷惑だ、と言外に伝えたつもりだった。
 しかし森山は懲りない。「わかりました」と発言したあと、「ところでアウレーリア嬢は、ラヴィンがもしもこういうことを言えばどんな反応を返しますか」といった部類の質問を次々とテキストチャットに書き込む。ラヴィンとアウレーリアのハッピーエンドを脳内で創り上げるための質問だった。苛々する。私は諦めたのに、どうしておまえは諦めない。私は意地悪な答えを返す。彼の脳内ハッピーエンドを阻害するような台詞を返す。森山はへこたれない。「アネモネさんはひどいなぁw なんつーかもう、男の被虐願望を的確に突いてくるっていうかw」。彼のそんな発言に、私の中で何かが閉じる。この余裕は何なんだ。こいつに本音を漏らしてはいけない。こいつはどうにも信用出来ない。
 同じようなやりとりを毎晩毎晩繰り返す。
 結論はいつも同じだった。状況は何も変わらない。それでも不毛なコミュニケーションごっこを私は未だにやめられない。その日は朝の五時までずっと、文字で会話の真似事をした。
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