何故私は彼女を殺し、その肉を食らったのか。

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007| 真人間ごっこ
 スカイプにログインすると、森山がオンラインになっていた。
 私はいつもオフライン状態。実際にはインしていても他人のアカウント上ではオフラインと表示されるよう、設定している。嫌なのだ。自分の動きを把握されるのが。チャットしたい気分のときだけインする、という手もあるが、そんなけじめを己に課したら私はログインしなくなる。人付き合いが嫌いだからだ。そもそもこのスカイプはTRPG関係専用で、リストに表示されるのは付き合いで登録したプレイヤーばかり。アウレーリアの活躍に対して僻みっぽい発言を繰り返していた奴もいる。彼らとチャットしたい気分になど、私にはなれそうにない。
 それでも私はログインする。星野GMをはじめとしたサークルの面々は、癒着防止の観点から、参加者との個人的な交流を禁止されていた。スカイプにインしてみたところで、得られなかった最終回の断片にすら触れられない。それを知るはずの者は、スカイプ上にはいないのだ。なのにログインしてしまう。得られるものなど何もないのに、森山の名前をクリックし、彼だけに見えるようオンライン状況を通知する。
「アネモネさん。やっぱり星野さんに頼みましょうよ。アウレーリア嬢の最終回を書いてほしいって。個人的に頼む分には問題ありませんから」
 森山がこの話をするのは、いったい何度目になるだろう。彼の無神経な発言に、私はいつも泣きたくなる。スカイプで繋がれば、彼は決まってこの話。分かりきっているはずなのに、私はログインしてしまう。
「もう終わったことです。星野さんだって迷惑します」
「終わってなんかいません。アネモネさんの中ではまだ終わっていないでしょう。どうしてそんなことを言うんですか」
「そういうルールですから。リスクとリターンを承知の上で、シナリオメイクをしたんです」
「僕だって見たいんです。アウレーリア嬢の最終回を」
 嘘だ。私は激しい怒りを覚えた。森山が見たいのは、星野さんの手によるアウレーリアの〝公式最終回〟などではない。自分の創ったキャラクター、ラヴィンのハッピーエンドだ。彼はショックを受けていた。アウレーリアとの結末をラヴィンが得られないことに対して。彼はただ、アウレーリアをモノにしてオナニーしたいだけなのだ。自らの欲望を満たすために私の中に土足で踏み込み、私の苦痛を利用する。その欺瞞が、その偽善が、私はどうしても許せない。
「とにかく、この話はやめませんか」
「いいんですか、それで」
「私は星野さんに最終回を頼むつもりはありません」
「星野さんだって書きたいはずです。アウレーリア嬢の最終回を。あれだけ愛情を込めたキャラです、ひとりの物書きとして、最後まで書きたかったはずです。でもオフィシャル側の人間という立場上、自分からそれを言うことは出来ないんですよ。だからあなたが頼むしかない。頼みにくいなら、同人誌のゲスト原稿、という口実にすればいい。そういう依頼方法なら、サークル内で問題になることもありませんから」
 私は声を殺して泣いた。テキストチャットだったから、私が泣いていることなんて知られるはずはないのだけど、それでも本音が漏れないように私は奥歯を噛みしめた。彼の言うとおりだとしたら、どれほど幸せなことだろう。でも、もしも違っていたら。私が思っているとおり、星野さんにとってアウレーリアは単なる演出道具でしかなく、最終回を書かされるなんて迷惑でしかなかったら。勇気を出して頼んでも、拒絶されるかも知れない。私はもう、これ以上、傷つきたくなかった。
「嫌です。頼めません。私だったら迷惑です」
 おまえの無神経さは迷惑だ、と言外に伝えたつもりだった。
 しかし森山は懲りない。「わかりました」と発言したあと、「ところでアウレーリア嬢は、ラヴィンがもしもこういうことを言えばどんな反応を返しますか」といった部類の質問を次々とテキストチャットに書き込む。ラヴィンとアウレーリアのハッピーエンドを脳内で創り上げるための質問だった。苛々する。私は諦めたのに、どうしておまえは諦めない。私は意地悪な答えを返す。彼の脳内ハッピーエンドを阻害するような台詞を返す。森山はへこたれない。「アネモネさんはひどいなぁw なんつーかもう、男の被虐願望を的確に突いてくるっていうかw」。彼のそんな発言に、私の中で何かが閉じる。この余裕は何なんだ。こいつに本音を漏らしてはいけない。こいつはどうにも信用出来ない。
 同じようなやりとりを毎晩毎晩繰り返す。
 結論はいつも同じだった。状況は何も変わらない。それでも不毛なコミュニケーションごっこを私は未だにやめられない。その日は朝の五時までずっと、文字で会話の真似事をした。
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