何故私は彼女を殺し、その肉を食らったのか。

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006| 私の日常
 目覚めると、見慣れた天井が視界を覆った。自分が未だに生きている、その事実に落胆した。私は今日も生きなければならない。どれほど長い年月を生きても、どれほどの偉業を成し遂げても、私のもっとも欲しいもの、失われてしまったものを取り戻すことは決して出来ない。なのにどうして私は今日も生きなければならないのだろう。
 目に見えない空洞が、胸にあいているのを感じる。
 ベッドの上で身を起こす自分自身の体の動きが、見えない糸に操られる人形のようにしか思えない。
 自分の意思、自分の心、そういうものの存在を私は信じられなくなった。私は憎みすぎたのだ。聖女シェラフィータと彼女の仲間、私の居場所を奪った者たち、奴らが賛美するものを私は片っ端から憎んだ。連中は言う。「心を強く持ち、己の勝利を信じよう」「揺るぎない信念こそが、最大の武器だ」「信じる心があれば、出来ないことなんてない」「みんなで力を合わせよう。みんなで幸せになろう」……。彼らの吐き出す綺麗事を、私はすべて否定した。心を強く持つって、何。勝利を信じるって、何。揺るぎない信念だとか、それってただの狂信でしょ、自分本位の盲信でしょ。そんなものを美化した挙げ句、ありがたがって押しつけるなんて気持ち悪いです死んでください。そもそも心を強く持った結果が今の私なんですけど。そもそも心って、何。そんなものがどこにあるの。私の体を切り刻んでも心なんて見つからない。そういうものを絶対視してヒーローゴッコするなんて、あなたたち電波すぎませんか。みんなで力を合わせようって、単なる数の暴力を美化して陶酔してるだけだし。みんなで幸せになろうだとか、いったい何様のつもりですか、あなたたちの綺麗事で万人を救えると思わないでください。あなたたちの言う〝みんな〟には、この私は入っていないんだ。
 そうやって否定し続けた結果、意思や心の存在を私は信じられなくなった。憎い奴らは決して消えない。ただ私の疎外感が倍増しただけだった。

 重労働をしたわけでもないのに、体が鉛のように重い。
 いつものように昼前に起きて、朝食をとらずに出勤する。母は顔をしかめている。でももう何も言わなくなった。そんなに私のことが嫌なら、私の顔を見るだけで不機嫌になるくらいなら、ひとり暮らしをさせればいいのに、母は未だに「女の子は結婚するまで自宅で花嫁修業をするものだ」「ひとり暮らしをしたいならおまえを育てるためにかかった金を全額返せ」などと時代錯誤な価値観を振りかざす。だから私は風俗勤務。最初は「絶対に稼いでやる」みたいな強い意気込みがあったけど、今はもう、ただの惰性だ。夢も目標も目的もなく、ひとり暮らしをすることにもはや意味は見いだせず、ただ目先の消費のためにチンポをしごき、しゃぶる毎日。
 駅のホームで電車を待つとき、緊張するようになった。
 自分が今にもホームの端から線路に飛び込んでしまいそうで。
 死ぬのが怖いわけではない。自分自身が自分の制御を離れてしまうのが怖いのだ。意思や心の存在を信じられなくなったことと、何か関係があるのだろうか。ホームに滑り込む電車を見るたび、自殺道具が私を呼んでる、早く楽になれと言ってる、そんな思いに戦慄する。この世は凶器に満ちている。たかかゲーム、たかが二次元、たかが非実在少女でも私をここまで追い込めるのだ。規制なんてしても無駄。この世のすべてが人を殺す。この世のすべてが私を殺す。聖女シェラフィータと彼女の仲間の台詞を私はまた、思い出す。「生きてるって素晴らしい」。苛々する。生きるというのは、綱渡りだ。少しでも足を踏み外せば針の山に転落し、苦しみながら死んでいく。素晴らしいわけがない。
 この世は凶器に満ちている。この世のすべてが私を殺す。わずかに残った客観性が「被害妄想だ」と私を責める。「そんな風にしか考えられないから、おまえはこんな思いをするんだ。キャラを曲げられただとか都合のいい演出道具にされただとか、そんなのみんな被害妄想だ。被害妄想が動機だから、間違った観念が動機だから、あんな結末しか得られないんだ」。私自身の脳すら凶器。私が私を殺そうとする。
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Copyright © 『アンチ・シンデレラ』 白木紅愛・作. all rights reserved.
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