何故私は彼女を殺し、その肉を食らったのか。

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005| 打ち上げオフ・二日目
 打ち上げオフは一泊二日。団体用の寝室で男女別に休んだあと、午前十時にチェックアウト、その後はシナリオ別に分かれて二次会へとなだれ込む。Cシナリオの女性陣で打ち上げオフに参加したのは私と如月凛だけで、私はおのずと如月凛に寄り添うようになっていた。
 私は仕事以外では男と話をしたくなかった。こちらに利益があるならともかく、何の利用価値もないキモオタ相手に脳細胞を使うのは嫌だった。
 如月凛は終始無言で、愛想笑いひとつしない。
 ネットではあんなに饒舌なのに。もしかしてネット弁慶ってヤツ? リアルでは何も言えない人が、ネットをそのはけ口に利用しているだけってケース? そんな憶測がツボに入り、私は彼女に話しかけた。女子は自分よりも不細工な子を引き立て役に使うというが、救いがたい性格ブスは己の醜さを隠すために分かりやすい性格ブスと友達ゴッコをしたがるという仮説を私は提唱したい。ソースは私。私は性格ブスを好む。不満顔の美人よりも笑っている私の方が真人間に見えるからだ。
 もっともこの如月凛は、心身共にデブスだが。
「リプレイ小説で絡みがあって嬉しかったです」と私は彼女に話しかけた。自分のキャラクター名は、既に口頭で告げていた。「私、シェラフィータさんの活躍をいつも見てて。凄い人だなって思っていたので」
「私、アウレーリアって何してる人か知らなくて。リプレイ小説で絡みがあって、え、誰これ、みたいな」
 悪意を感じた。彼女はブログに書いていた。自分の参加シナリオだけでなくすべてのシナリオのリプレイを読んだ上で演じている、と。にも拘わらず、この台詞。仮にC-1シナリオのリプレイを読んでいなかったのだとしても、彼女の口調は侮蔑的で、私に対する悪意を感じた。
 だけど私は殺意を隠す。如月凛の冗談にウケているフリをする。
 私の後ろを歩く森山が鼻で笑うのが聞こえた。
 森山はアウレーリアの従者にあたるラヴィンのプレイヤーだった。お笑い芸人出身の若手タレントによく似た顔で、オタクっぽさを感じさせない普通っぽい男だった。森山のことは、好きではなかった。彼は私を褒め讃えるが、それらはどこか作意的で、油断のならないものを感じる。
 私は森山をガン無視し、如月凛におべっかを使った。
「如月さんは別のシナリオでは悪役をなさっていたそうですね」
「あー。悪役は癖になるっていうか」
「演じ分けが凄いと思いました」
「あー。よく言われます。同一人物とは思えない、って。こっちの悪役の方が本性だろ、って。シェラフィータのキャラ設定をブログにアップしたときなんて、誰だよこの美少女はってスカイプで言われまくって」
 私は笑った。如月凛の自分語りを楽しんでいるフリをした。心身共にデブスなくせにどこまでも自分中心な彼女も、性格ブスにおべっかを使い自分の弱みを隠す私も、どちらも滑稽で仕方ない。私は相手に話を合わせ、如月凛のファンを演じた。
「そういえば如月さんってクトゥルー神話がお好きだそうですね」
「あー。はい」
「私も好きなんです」
「そう」
 おまえの好みなんて興味ない、と言わんばかりの仏頂面。
 デブスのくせに、コミュ障のくせに、自分中心の話題じゃないと気が済まないのだろうか。嫌な女。自分の創った美少女が狭いコミュニティで有名になった、たかがその程度のことで、自分まで偉くなったと勘違いするなんて。キャラクターとプレイヤーを区別する、それはTRPGの鉄則だ。いくらキャラが活躍しても、いくらキャラが愛されても、おまえがデブスでコミュ障だという事実は決して変わらない。そう胸中で罵ると、他人事では済まされない危機感が間近に迫ってきた。最終回のシナリオメイクがもしも採用されていたら、私も調子に乗っただろう。私も如月凛のような勘違いをしていただろう。如月凛は、もうひとりの私だ。私は彼女を笑えない。彼女を笑う資格などない。

 中華料理店で昼食をとり、カラオケボックスで三次会。時間的な都合から帰っていく者も多く、カラオケボックスに着いた頃には人は疎らになっていた。
 Cシナリオの主役を演じた如月凛に寄り添う私は常に一団の中心で、結果として星野GMの近くを歩く形になった。今日は打ち上げオフなのだ、担当GMにシナリオの裏話を訊くことが許されている。だけど私は星野さんに話しかけることが出来なかった。訊きたくなかったわけではない。逆だ。少しでもいい、なんでもいい、失われた物語の痕跡に触れたかった。そのために私はここにいる。プライドを保ちたいだけならば、何故三次会まで残るだろう。
 星野さんは他の参加者の質問に小声で答えている。その内容は聞き取れない。星野さんの方から私に話しかけてくることはなく、私はシナリオメイキングシステムのルールを思い出しながら──「採用か否かの判定は、全GMの合議制」──非採用を主張したのは星野さんだったのかも知れない、そんな疑念を隠すために楽しんでいるフリをする。
 カラオケの席で私は英語の歌を選択した。
 歌詞を要約すると「あなたと一緒にいるときは、あなたの抱く幻想によって私はとても苦しんだ。だけどあなたが立ち去った今、私はまた孤独になった」、我ながら正直すぎると思うけど、誰も何も言わなかったから、誰も歌詞の内容なんて、或いは私の本心なんて、気にしていなかったんだと思う。
 ネタ曲ガチ曲入り乱れ、カラオケは盛り上がった。だけど私は星野さんの貧乏揺すりが気になった。高校生の頃、私には貧乏揺すりをする癖があった。他にやりたいことがあるのに我慢しなければならないとき、言わなければいけないことがあるのに言い出せないときに、私は決まって貧乏揺すりがやめられなくなっていた。だから気になったのだ。隅っこの席に腰掛けた星野さんの隣は私で、だから最終回について、彼は私に何か強く伝えたいことがあるのだと思った。しかしその一方で、それはただの期待だよ、根拠のない期待だよ、未だに期待を捨てられない私はどれだけ甘いんだ、そんな自己ツッコミに私はあっさり敗北する。
 時間はあっという間に過ぎ、残り時間が十分だとフロントからコールが入った。「あと一、二曲か」と星野さんが呟いた。誰かが一曲入れたあとで星野さんがもう一曲入れた。曲名を見て「あ」と思った。それはアウレーリアと件のNPCのテーマ曲にいいのでは、と他の参加者がかつてオフィシャル掲示板に書き込んでいた曲名だった。
 だけどその曲が始まる前に、タイムリミットが来てしまった。
 そのイントロを聴くことすらなく、カラオケボックスを後にした。

 解散し、ひとりになると、視界が急に涙で滲んだ。
 終わった。これで本当に終わってしまった。
 帰りの電車に揺られながら、私は涙を流していた。
 もはや人目は気にならなかった。誰かに変に思われたらだとか、知っている人に見られたらだとか、そんな常識的な視点はとっくに消えてしまっていた。私の苦痛、私の悲しみ、私の辛さを知る者は、この世のどこにも存在しない。私という人間は、存在しないも同然だ。私の辛さは誰にも見えない。私は透明人間だ。胸にあいた空洞が膨れ上がっていくのを感じる。
 わずかに残った私の理性が、車内にひしめく人々の無関心に感謝していた。
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