何故私は彼女を殺し、その肉を食らったのか。

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004| 打ち上げオフ・一日目
 人がゴミのようだ、と思った。それほどまでに会議室に集う人は多かった。『死せる大地に遺されしもの』の打ち上げオフ一日目。不満げな顔をした冴えない男がやたら目立つ。他人に認めてもらえなくて拗ねた子供のような大人。そんな中でも笑っていられる私はまるで、透明人間。私の機嫌を窺う者と、私を内心敵視する者、彼らの様子を私は自分の殻の中から眺めていた。
 派手な女とすれ違う。まるでコスプレのようだと思った。ここが渋谷あたりなら、群衆にとけ込んでいただろう。だけどキモオタの集団の中で彼女は明らかに浮いていた。脱色した金の髪を頭の上でふたつに束ね、エナメル質の光沢をもつ赤いワンピースをまとっている。アニメや漫画やゲームなどの二次元キャラがやる分には可愛らしい格好だけど、現実でやられると、どうにも遊び人っぽさが抜けない。なんなんだ、この場違いな女は。胸元の名札を確認すると、『乃木菜月』と書かれていた。彼女があの、乃木菜月。私が最初に志望していたBシナリオの担当者。彼女の元に行けていれば、私は今、こんなひどい疎外感に苛まれてはいなかっただろう。でも、それは、私じゃない。私のこの疎外感を知らないなんて、私じゃない。
 自分が笑っていることが、自分でも不思議だった。
 作り笑いは得意な方だ。高校のときは嫌いな人しかいないグループに籍を置き、誰に何を言われても作り笑いで流していた。意地っ張りなクソ女に「ユカっていつも笑ってるよね。悩みなんてないでしょ」と嫌味を言われたくらいだから、私の笑顔は本当に、笑顔のように見えたのだろう。私にとって笑顔とは、ポーカーフェイスの一種だった。他人に知られたくないことを隠すための虚構だった。笑っている自分は嫌いだった。薄っぺらな嘘をついているようにしか思えなくて、常に違和感を抱えていた。しかしその一方で、誰に何を言われても笑える自分を凄いと思った。崩壊した家庭の中で母親に虐待されていることを、完全に隠しているのだから。
 だけど流石に今回ばかりは笑えないだろう、と思っていた。
 最終回の公開日から打ち上げオフの前日まで、その間約一ヶ月、私は毎日泣いて過ごした。泣きたかったわけではない。気付くと涙が溢れていた。自分の一挙手一投足を後悔せずにいられない。そんな自分の愚かしさを容認することすら出来ない。胸に大きな風穴が開いてしまったような気分で、何をしても楽しいと思えなくなっていた。まるで自分自身が死んでしまったかのようだった。だからきっと、打ち上げオフの当日にも泣いてしまうだろうと思った。何気ない会話の途中で私はいきなり泣いてしまい、場の空気を白けさせてしまうに違いないと思っていた。
 しかし辞退は出来なかった。最終回の一ヶ月前、私は打ち上げオフに対する参加の意思を表明し、参加費を全額振り込んでいた。いや、参加費なんてどうでもいい。私の勤務先の店、風俗店で一人客を取れば取り返せる金額だ。つまりはチンポ一本分の値段。チンポを一本手でしごけば、手に入る程度の金。だから金は理由じゃない。これはプライドの問題だった。最終回でコケたから打ち上げオフに来なかった、と思われるのが嫌なのだ。私はこの喪失感、この苦しみや辛さや痛みを、誰にも知られたくなかったのだ。
 打ち上げオフの会場で、私はただ笑っている。
「いやぁ、たまらなかったっすね。あの小説」
 女に縁のなさそうな男が引きつった笑い声をあげた。気持ち悪い。たまらなかったって何、オナニーしたっていうことか。風俗嬢の私のネタで、ただで抜いたってことか。ふざけるな。他人の不幸をネタにして、汚いチンポをしごきやがって。私は愛想笑いを浮かべた。こんな気持ちの悪い男に私の苦悩も抱える辛さも、何ひとつとして知られてたまるか。
「バッドエンドが好きなんです」と私は笑いながら言った。
「ひどいっすよぉ、アネモネさんは。アウレーリア様が可哀想っす」
 私を非難するキモオタの目尻は嬉しげに垂れ下がっている。
「君さ」出し抜けに星野GMが話に割り込んできた。
「うちのサークルに来ない?」
 おお、と周囲がどよめいた。
「ブログの小説を読んだけど、君はGMに向いている。シチュエーションの作り方とか人物描写とか、すごくうまいんだよ」
 私は泣きそうになった。やめて、私は誰かに認めてほしくてあんな小説を書いたんじゃない。あんな結末、ほしくなかった。あんな小説、書きたくなかった。ああいう結末はどうかと思う、と否定してほしかった。私を評価するのではなく、アウレーリアにきちんとした結末を与えてほしかった。
 そんなことは言えなかった。私はただ笑っていた。
 私の隣に立つデブスは、不機嫌そうな表情でむっつり押し黙っている。私は軽い違和感を覚えた。彼女はネットでは饒舌だ。ブログには長文記事をアップ、なりきり系の発言をオフィシャル掲示板に頻繁に書き込み、他の参加者との交流も積極的に行っている。彼女はこの界隈では有名な人だった。胸元の名札には古臭いタッチのイラストと「HN:如月凛」、そして「シェラフィータ」の手書き文字。
 名札は主催サークル側から配布されたものだった。
 打ち上げオフの参加者は、名札の中の白い紙にハンドルネームとキャラクター名を明記しなければならなかった。
 しかし私の名札には、ハンドルネームしか記されていない。
 私は自分のつける名札に「アウレーリア」と書けなかった。
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Copyright © 『アンチ・シンデレラ』 白木紅愛・作. all rights reserved.
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