何故私は彼女を殺し、その肉を食らったのか。

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045| 放棄
 ブランジァンのオンラインセッションでは、行動指針テキストを事前に提出しなければならない。次回のセッションでは自分のキャラクターがどこで、誰と、何のために、いつ、何をするのか、それを簡潔にまとめたものをGMに伝えなければならず、それがセッションの参加表明とスケジュールの予約を兼ねていた。
 しかし私は最終回の行動指針を出さなかった。
 書こうとすらしなかった。考えようとしてみても、自分のキャラにさせたいことが何も思い浮かばなかった。自分の創ったキャラクターがあの世界に生きていること、あの世界で何かをなすこと、それ自体が嫌だった。リプレイ小説はどのシナリオもポジティブ思想の押し売りで、「願いが叶わないのは信じる心が足りなかったから。神ではなく自分自身を信じることが出来なかったから」だとか「人間の持つ無限の可能性を信じよう」だとか「神の去った世界でも皆で手を取り合って一歩ずつ歩いていこう」だとか、苛々する、胸焼けがする、なんて無神経なんだろう、こんな空疎な綺麗事が賛美されるような世界で自分の創ったキャラクターが生きているなんて我慢出来ない。リアーヌが、アヌーシュカが、アリスが、ユーリアが、世界にはびこる綺麗事にねじ曲げられるなんて私は嫌だ。こんなクソゲー、ボイコットしてやる。こんな世界に私の創ったキャラクターは与えられない。
 行動指針の締め切りが過ぎると、学校をサボったときのような解放感に包まれた。そうだ、私はこれでいい。ゲームは娯楽、楽しむもの、苦痛でしかないのなら無理して参加する必要はない。そう思う一方で、いつかこのツケを払わなければいけなくなる、漠然とした危機感が胸の片隅で渦巻いていた。
 オンラインセッションの日程が過ぎると、危機感は焦燥に変わった。
 リプレイ小説の公開予定日が近づくと、焦燥感は恐怖に変わった。
 また、自分のキャラの登場しない最終回が訪れる。楽しめなかった作品の最終回なんていらないと思っていたはずなのに、私は恐怖を感じていた。自分のキャラの存在を放棄したのは自分なのに、自分のキャラが存在しない最終回が怖かった。何故ならそれは一年前の喪失の再現にほかならない。アウレーリアの結末が永遠に失われたことを、私はまた思い知るのだ。

 あの日の自分の心情を思い出すことは出来ない。
 ただ、私は疲れていた、それだけはよく覚えている。
 星野さんと最後に言葉を交わした日から半年が過ぎていた。その間、私は一日も勤務を休んでいなかった。ブラック企業で働いているとそこが異常であることがわからなくなるというが、それは本当なのだろう。客がろくに来ない店で、来る日も来る日も店長に「ここで稼げないような子はどこに行っても駄目」と言われ続け、たったひとりの売れっ子のヘルプで客に胸を揉まれても無報酬、そんな日々が半年も続けば、ああ、自分は駄目なんだ、何をしても駄目なんだ、だからこんなに辛いんだ、私はここから抜け出せない、すべてが諦めに塗り潰されて店を変えるなどという当たり前のことすら出来なくなる。
 それは最終回の公開まで一週間を切った日のことだった。
 私の睡眠障害はいよいよ深刻になっていた。睡眠薬を飲んでも眠れない。疲れているのに眠れない。凝り固まった肩や背が、張りつめるように痛かった。私はただ、休みたかった。最終回のない世界で、ただひたすら眠りたかった。睡眠薬を飲み込みながら、二度と目覚めたくない、と思った。だからいつもよりたくさん飲んだ。いくら飲んでも足りない気がして、半月前に買ったばかりの睡眠薬を一瓶、飲み干した。
 私は死を意識していた。睡眠薬を大量に飲んでも滅多なことでは死ねないと私は知っていたものの、眠りたい、二度と目覚めたくない、最終回のない世界にいきたい、私の願いはそれだけで、死ねるかどうかはどうでもよかった。どうでもいいから、死んでもよかった。
 ゲームの最終回が怖いから死ぬなんて、なんて軽い命だろう。そんな軽さに耐えられないからアウレーリアを殺したのに、もはやそんな軽さすら他人事でしかなかった。
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Copyright © 『アンチ・シンデレラ』 白木紅愛・作. all rights reserved.
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