何故私は彼女を殺し、その肉を食らったのか。

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003| 私を殺した虚構
 同人サークル『ブランジァン』は創作文芸系では大手で、美少女ゲームで活躍する中堅ライターを擁しており、「オンラインセッションの結果を小説化して発表する」という創作手法を売りにしていた。意地悪な言い方をすれば、素人の作った厨二マインド溢れるオリキャラの大活躍(笑)をプロやセミプロライターが小説化してくれる、ということになる。参加希望者は多く、ゆえにオンラインセッションへの参加は有料となっていたが、それでも総参加者数は百人近くにのぼっていた。
 私が参加していたのは『死せる大地に遺されしもの』と題された長編シナリオ、TRPG用語で言うところのキャンペーンシナリオで、セッションは月に一度、全十回で完結するという形になっていた。「いかなる場合もセッションのやり直しは行わない」「誤字脱字の修正を除き、いかなる場合もリプレイ小説の書き直しは行わない」というルールだった。ちなみにリプレイ小説とは、セッションの内容を元に書いた小説のことを指す。
 私の作ったキャラクターは、小説内で大活躍した。
 特殊な地位、特殊なアイテム、恋人役のNPCを惜しみなく与えられ、事実上のヒロインのひとりとして扱われた。
 私のキャラの活躍は、匿名掲示板で中傷された。「あいつの活躍は贔屓だ。セッション時のロールプレイが優れているわけじゃない」「プレイヤーが女だから贔屓されてるだけだろ」「プレイヤーの顔、オフで見たけどブスだったよ。あんな女がいいって頭おかしいだろw」。悔しかった。だけど私はスルーした。たとえ贔屓だったとしても、贔屓されるのも実力のうちだ。私の他にも大勢の女性がセッションに参加している、なのに私の活躍だけが「女だから」と言われるなんて、言いがかりにもほどがある。それに容姿を評価されたくてTRPGをやってるわけじゃない。むしろ逆だ。現実の私に付随するすべてを棄てたくて参加している。
 私はひたすら虚構を求めた。虚構の中に現実を求めた。リアルの私は風俗嬢、高校時代に付き合ったDV男にされたことを汚物で上塗りするようにチンポをしごき、しゃぶる毎日。だけどオンラインセッションの場には、そんな私を知る者はいない。私はC-1シナリオのヒロイン、アウレーリアの生みの親。私にとっては虚構の方が、現実よりも重かった。
 私は朝も昼も夜もアウレーリアについて考えた。
 彼女はどんな家に生まれ、どんな風に生きてきたのか。彼女はどんな顔立ちで、どんな髪型や服装を好み、どんな価値観を持っているのか。何が好きで何が嫌いで、それは一体何故なのか。それらすべてを事細やかに想像しながら日々を過ごした。
 私にとってアウレーリアは、とてもリアルな存在だった。
 私は私自身よりもアウレーリアの幸せを願った。
 だからズレが気になりだした。C-1のGMであり、リプレイ小説の執筆者である星野雷人と私の抱くイメージの相違に苛立った。小説内で活躍するのは、彼のイメージするアウレーリアだ。性格も立ち居振る舞いも、私の中の彼女とは違う。「アウレーリア嬢は星野さんに愛されてますね」、そう誰かに言われるたびに、違う、彼が愛しているのは私の創ったアウレーリアじゃない、彼自身が創り上げたアウレーリアという名の別人、そんな思いが胸の奥からこみ上げるのを強く感じた。
 私の内部は卑屈になった。星野さんが愛しているのは私の創ったアウレーリアじゃない、彼自身の幻想によって理想化されたヒロインだ。他の参加者の目に留まるのも私の創ったアウレーリアじゃない、GMの幻想によって理想化された偶像だ。もしも私のロールプレイが彼のイメージを壊したら、アウレーリアは小説内では二度と活躍しないだろう。彼が担当しているのは、C-1シナリオだけじゃない。Cシナリオは五つあり、そのいずれにも主役として活躍しているキャラクターが存在する。アウレーリアに飽きてしまっても、代わりなんていくらでもいる。特にC-4シナリオの聖女シェラフィータの活躍は顕著で、光のシェラフィータと闇のアウレーリアは星野シナリオの二大ヒロイン、と参加者は口々にそんなことを言っていた。
 純真無垢なシェラフィータを、ウザいと感じるようになった。
 どうせ男はああいう女の方が好きに決まってる。星野さんの用意したNPCとの恋愛ネタに乗ろうとしない私の動かすアウレーリアなんかより、無垢で健気な美少女の受難を描いている方が楽しいに決まってる。だけど私にも勝機はある。シェラフィータを蹴落として星野シナリオのヒロインの座を確実なものにしたいなら、NPCとの恋愛ネタに積極的に乗ればいい。誘惑ならお手のものだ。いつも仕事でやっている。三次元の女に不慣れなコミュ障の男なんて、私の手に掛かったら、簡単に落ちるだろう。しかし私はしなかった。キャラクターらしさを優先し、星野さんの振ってきた恋愛ネタに乗らなかった。私にとってアウレーリアは、自分自身よりも愛すべき、優先すべき存在だ。己の虚栄心を満たすための釣り餌になんてしたくなかった。
 だけどリプレイ小説内では、アウレーリアは件のNPCに恋をしている、と記された。公式記録に書かれたのだから、それが公式設定だ。キャラが歪んでいくのを感じた。自分の一部が自分に無断で歪められるような感覚だった。負けるものか、と思った。愚痴なんて、文句なんて言いたくないと私は思った。汚したくなかったのだ。私自身より優先すべき架空の少女の生きる場所を、私自身の感情で汚すのは嫌だった。
 だから〝ゲームの参加者〟に徹した。
 ロールプレイとシナリオの謎解き、そのふたつだけでアウレーリアをこの世に存在させようとした。
 最終回のひとつ前、アウレーリアとシェラフィータの対面が小説に描かれた。それは実際のセッション中には起きなかった出来事だった。小説内でアウレーリアはシナリオの行方を左右する特殊アイテムを入手した。それは聖女シェラフィータが破壊しようとしていたもので、世界の命運を左右する危険な魔法のアイテムだった。そんな重要アイテムの使用許可が私に下りた。客観的には、活躍だった。しかし私はショックを受けた。小説内でのアウレーリアは、シェラフィータの引き立て役。実際のセッション中とはまったく異なる行動を取り、価値観に反した台詞を言い、性格に反した台詞を言い、純真無垢なシェラフィータの被虐的魅力を引き立てていた。活躍の機会をあげるから引き立て役を演じてね、と言われたような気分だった。
 悔しかった。ねじ曲げられてしまったものを取り戻したいと強く思った。あんな女の引き立て役にはなりたくないと強く思った。シェラフィータは口癖のように「私はみんなのために生きたい」「私には希望の光が見える。この世に生きるひとりひとりが希望をもたらす光なの」、そんな言葉を繰り返す。苛々する。私には不快でならなかった。何が希望だ、何が光だ、何がみんなのためなんだ。おまえの言う希望なんて、私にとっては絶望だ。聖女の希望と献身で闇に魅入られたアウレーリアの孤独な心も救われました、めでたしめでたし、そんな最終回なんて私は絶対認めない。彼女が身を捧げるのは都合のいい〝みんな〟だけ、彼女が賛美しているのは都合のいい〝希望〟だけ。私自身よりも大切な架空の少女アウレーリアを、こんな偽善者の引き立て役には絶対にしたくなかった。だけどそのためにすべきことは、文句を言うことじゃない。匿名掲示板に罵詈雑言を書き立てることでもない。ゲームのルールに則って、よりキャラクターらしく活躍する。それだけがアウレーリアをキャラとして生かす手段なのだ。だから私は最終回に特殊ルールを使用した。
 プレイヤーは原則としてひとつのシナリオにしか参加出来ない。たとえばC-1とC-2はいずれも星野さんの担当だが、シナリオ自体はまったく別個のものとして扱われる。だからアウレーリアとシェラフィータは同じセッションに参加出来ない。私の動かすアウレーリア、私の意思で動く彼女がシェラフィータのいるシナリオに関与することは出来ないのだ。だけど特殊ルールであるシナリオメイクシステムを使えば、ひとりのプレイヤーとキャラクターが複数のシナリオに影響を及ぼすことが可能だった。
 シナリオメイキングシステムは、セッション開始前に申請する。
 それは既存のシナリオとは大きく異なる行動を起こす際の特殊ルールで、その内容は複数のシナリオに影響を及ぼし、なおかつ新しい展開を生み出すものでなければならない。申請内容が採用されれば、GMの認めた期間中に限り、該当シナリオのセッションすべてに参加することが出来る。その代わり不採用となった場合は、その回のセッションに一切参加することが出来ず、リプレイ小説内においてもキャラクターは登場しない。採用か否かの判定は、全GMの合議制。それが特殊ルールであるシナリオメイキングシステムの全容だった。
 私の申請内容は、件の特殊アイテムを使用するというものだった。
 ただ使用するだけなら、通常のセッションで事足りる。星野GMだって、アウレーリアに使わせるために与えたに違いない。こだわったのは、場所だった。もっとも劇的な形でアイテムの効果が現れる場所。アウレーリアのキャラクター性をより強く生かせる場所。選択したのはAシナリオの舞台である、王都だった。アウレーリアに与えられたのは異界の扉を開く鍵。異界に住まう外なる神の、邪悪なしもべを召喚するもの。これまでのセッションの結果、アウレーリアは任意の場所に異界の門を開くための知識と技術を修得していた。アウレーリアは元々は王都に住まう貴族の娘で、物語的にもキャラクター的にも赴く場所はそこしかなかった。
 結果の通知はメールで届いた。
 差出人は星野GMではなく、すべてのシナリオを統括するサークルの代表者だった。
「あなたのシナリオを採用すれば、凄まじい展開になると思いました。最後まで悩みましたが、協議の結果、不採用となりました。最後の最後でごめんなさい」
 ふーん、そうなんだ。まるで他人事のように思った。そしてしばらく経ってから、謝るくらいなら何も言うな、未練なんて抱いたら余計に惨めな気分になる、そんな怒りがこみ上げた。涙が出たのは何時間も経ってからのことだった。私は最後の勝負に敗れた。私は自分の生み出したアウレーリアを生かせなかった。胸に大きな風穴が開いた。悲しくて悔しくて寂しくて仕方がない。それでも私は期待していた。最終回だから、今まで物語の中心にいたから、何らかの救済措置が与えられるかも知れない。同じシナリオのプレイヤーも、そんな風に言っていた。
 しかし実際にアップされた最終回の小説には、アウレーリアの姿はおろか名前ひとつ出ていなかった。アウレーリアなど最初から存在していなかったかのように、私のよく知るキャラクターが希望を語り、活躍する。まるで自分の死んだあとの世界を見ているような気分だ。自分ひとりいなくても、この世は何も変わらない。自分ひとりいなくても、この世は普通に存続する。そんな事実をまざまざと見せつけられた気分だった。
 或いは私は本当に死んでしまったのかも知れない。
 自分の胸や体の中が空洞になったような気分だ。
 自分の体を切り刻んでもそこには虚無があるだけで、血など出ないのではないか、そんな突飛な空想がどこまでもリアルに感じられた。
 私の涙は止まらない。たかがゲームでこんなに悲しむ私は頭がおかしいんだ、そんな自責の念がこみ上げ、ますます涙が止まらなくなる。たかがゲーム、たかが二次元、たかが非実在少女、私のこの苦しさを理解出来る人はいない。私は食欲を失った。丸一日食事を抜いても空腹感を感じない。眠気もまったく訪れず、後悔と自責の念に押し潰されそうだった。死のう。たかがゲームで死ぬ私。私の命はとても軽い。だから死ぬのがお似合いだ。そんなことを思いながら、生まれて初めて小説を書いた。アウレーリアが凌辱され、自殺するまでを描いた小説。それはただの猿真似だった。これまでに読んだ小説や、これまでに聴いた歌の歌詞、それらを見よう見まねで組み立て小説もどきに仕立てただけだ。だけど書かずにいられなかった。何かに取り憑かれたように、私は小説を書き続けた。
 それをブログにアップすると、絶賛のコメントが寄せられた。
 私はますます悲しくなった。こんな内容、書きたくなかった。こんな結末、ほしくなかった。だけど私はコメント欄に「ありがとうございます。書いててアウレーリアの可愛さに萌えました」とレスをした。

 アウレーリアの活躍は、ある意味、出来レースだった。
 キャンペーンシナリオ『死せる大地に遺されしもの』では、参加シナリオはキャラクターの職業(クラス)によって決定する。召還術師のアウレーリアは、本来ならばAシナリオかBシナリオに参加するはずだった。しかし振り分けられた先は、上級者向けのCシナリオだった。
 私はサークル『ブランジァン』のセッション参加は初めてだった。人数的な都合によりやむなくそちらに振り分けられた、などとは私は思えなかった。第一回のセッションでアウレーリアには恋人候補のNPCがあてがわれた。特殊アイテムも付与された。それらは私のロールプレイの不備をフォローするものだった。
 この事実から察するに、アウレーリアを気に入った星野さんがGM権限を濫用して自分のシナリオに割り当てた、と考えるのが妥当だろう。それはルールを無視したもので、アウレーリアの活躍を依怙贔屓だと主張する連中の言い分にも根拠はあると思っている。
 だからこそ私は疑った。だからこそ私は不安になった。だからこそ私はムキになった。星野さんがアウレーリアに飽きたのではないかと疑い、アウレーリアからシェラフィータに乗り換えたのではないかと苛立った。第一印象が良ければ良いほど、マイナス面が目につくものだ。星野さんはアウレーリアの最終回を書きたくなかった、アウレーリアなどどうでも良かった、だから私のシナリオメイクを不採用にしたのではないか、そんな疑念や不信感が常に私につきまとった。
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