何故私は彼女を殺し、その肉を食らったのか。

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030| リプレイ小説より抜粋【4】
 世界を統べる兄妹神が世界の滅びを宣告した──その真偽を確かめるべく、リアーヌは女神リューネを奉ずる大聖堂に赴いた。しかし彼女が着いたときには、大聖堂は破壊と略奪の限りをつくされたあとだった。性別すらも定かでない真新しい屍が、瓦礫と化した礼拝所のそこかしこに散らばっていた。
 威厳を失った空洞に、リアーヌの靴音が響きわたる。
 彼女の手には、抜き身の魔剣。大聖堂の入り口付近で異変を察した黒き魔剣は、街中であるにも拘わらず、人化を解いていたのだった。
 瓦礫を踏みしめる音が聞こえた。音のほうを振り向くと、礼拝所の入り口に男が立っているのが見えた。武装してはいるのもの、武器も防具も簡素なもので、その構え方からも素人だろうと察しがついた。
 しかし武具や衣服には、血らしき汚れがついている。
 男はリアーヌの姿を認め、汚れた顔を輝かせた。
 その笑顔はどこか計算高く、下卑たものを感じさせる。
「お嬢ちゃん、神様に何か用でもあるのか」
「ある、と言えば代わりにあなたが聞いてくれるの」
「この世を見捨てた兄妹神なんかより、俺のほうが役に立つぜ」
 男はリアーヌを見据えたまま、口元だけを大きく歪めた。
 その背後にひとり、ふたりと仲間らしき人影が見える。
「どうせ滅ぶ世界だ、死ぬまで楽しもうぜ」
 リアーヌは横目で周囲を窺う。礼拝堂の窓は高く、彼らの塞ぐ入り口を通らなければ外に出られそうにない。リアーヌは魔剣を背後に投げ、腰に下げた長剣を抜いた。魔剣が床に落ちることはなく、まるで直立するように宙で静止しているが、主がそれを見ることはなかった。リアーヌは両手で柄を握る。男の表情が凍り付く。口元はへらへらと笑ったまま、目だけが恐怖に見開かれる。リアーヌは助走で勢いをつけ、男の腹を突き刺した。ブーツの踵で股間を蹴りつけ、引き抜いた刀身を倒れた胴に突き立てる。入り口付近に目をやると、倒れた男の仲間ふたりは武器を両手で握ったまま呆然と立ちつくしていた。やはり世界滅亡の恐怖から暴徒化しただけの素人か。そう思い、ふたりを一気に駆除すべく剣を握り直したとき、リアーヌの背後で奇声が上がった。
(しまった……)
 彼らにはまだ仲間がいた。礼拝堂に潜伏し、瓦礫の陰に隠れていた。悲鳴のような雄叫びを幾度となく上げながら、潜伏者はがむしゃらに短剣を振り回す。リアーヌの背がちくりと痛んだ。足下に滴る血が見えて、しまった、刺された、そう思った途端、背中の痛みが激痛に変わった。
(こんなところで私は……)
 最悪の予感が意識に迫る。
 負けるものか。私は世界の外側に行かなければならない。
 でも、何故。死神が問いかける。そんなことをして何になる。それは──魔剣に封じられた男の姿がリアーヌの脳裏をよぎった。邪魔をするな。振り返りながらリアーヌは襲撃者の横腹に鋼の刃を叩き込んだ。ふらつく男の太腿に切っ先を突き立て、動きを封じる。しかしそのとき残りのふたりはすでに我に返っていた。振り下ろされた鉄の凶器がリアーヌの肩を砕く。崩れ落ちるリアーヌの金髪を、血に汚れた手が掴んだ。
「このクソ女が! ナメやがって!」
 鋭い蹴りがリアーヌの腹や顔に何度も入る。
 魔剣を手放すんじゃなかった。リアーヌは後悔した。
 手段なんて選ぶんじゃなかった。どうしてこんな馬鹿なことを。
 私には、魔剣が──魔剣に封じられた男を想う──必要なのに。そう強く思ったとき、黒い柄がリアーヌの空の右手に飛び込んだ。古代の剣技のわざのすべてがリアーヌ自身の記憶として、経験として脳裏に宿る。己をいたぶる男の動きがまるで子供のように見えた。隙だらけだ。無駄だらけだ。リアーヌは右腕を動かし、重みを感じさせない刃で男の尻を下から割った。絶叫が降り注ぐ。途端に体から痛みが消えた。リアーヌの傷が塞がり、欠けた骨が再生した。それは魔剣の与える恩恵、エナジードレインの秘術だった。魔剣は己の糧となった犠牲者の生命力を主たる所有者に注ぎ込む。たとえ満身創痍となっても人をひとり殺害すれば、リアーヌの怪我はたちどころに癒える。リアーヌが死ぬことはない。魔剣が共にある限り。
 四人を殺したリアーヌは襤褸布で返り血を拭った。
 しかしこびりついた血糊はそう簡単には落ちそうにない。
 魔剣は人の姿になった。リアーヌは男の顔を見て、ばつが悪そうに視線を落とし、肌に浴びた返り血を削るように襤褸布でこする。男は押し殺した声でリアーヌに問うた。
「何故、魔剣を手放した」
「ゲスを斬ったら汚れるもの」
「そのような幻想に固執して判断を誤るとは、貴様らしくもない」
 そうね、と呟きながらリアーヌは緩やかに笑った。
 男の声が心なしか穏やかになったような気がした。
「道具に善悪はない。それを決めるのは人の主観のみだ。道具である剣にとって、犠牲者の人格やその内心に意味などない」
 襤褸布を握った手を止めて、リアーヌは男を見上げた。
「あなたは道具じゃないわ」
「いや」
 男は何かを言いかけて口を噤み、話題を変えた。
「何故、剣の中に人間を封じることが出来たと思う」
「わからないわ」
「この魔剣は、世界を支える柱の欠片だ」
「どういうこと?」
「かつてこの世界を支える柱の一本が砕けた。柱は神の一部であり、それ自体が小さき世界となっている。故にそこには人が入る。その出入り口を閉ざしてしまえば、人を封じることも出来る」
「聞いたことのない話だわ……」
「歴史書から抹消されたのであろう。或いは書き換えられたか」
 男は皮肉げに言った。
「兄妹神がこの世の滅びを決定したようだな」
「そうね。ずいぶんと卑小な神だわ」
 リアーヌの言葉に男の顔が嬉しげにほころんだ。
「神を神たらしめるのは世界であり、己の世界が消滅すれば神はその力を失う」
「神は世界を滅ぼすことで、自らを滅ぼすというの?」
「いや、実際には外なる神々のしもべとなり、新たな世界を創るだろう。滅ぶはこの世界のみ。滅亡は神々の領域に立つ無数の支柱の崩壊から始まる。柱がひとつ砕けるごとに神々はその力を失い、砕けた柱の欠片には神を殺す力が宿る」
「つまり、魔剣には……」
 それ以上は言えなかった。信仰を捨てた身とはいえ、続きを口にすることはリアーヌにははばかられた。魔剣の化身が冷たく笑う。
「そういうことだ。……リアーヌよ、太陽神イリスと月の女神リューネを殺し、貴様が神に成り代われ」

(『外なる神々の囁き』第六回リプレイ小説F-1b『Kill the God』より抜粋)
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