何故私は彼女を殺し、その肉を食らったのか。

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029| リプレイ小説より抜粋【3】
 法衣を纏った若い男が夕暮れの裏路地をほうほうの体で駆け抜ける。
 早鐘を打つ心臓が今にも爆発しそうだった。しかし足を止められない。もしも立ち止まったら、あの化け物のような女に食い殺されてしまうだろう。
(クソッ! 俺がいったい何をしたっていうんだ……)
 これまでにしたことといえば、他人を欺き己を欺き必要とあらば犠牲を差し出す、つまり人並みの生き方だ。それが死罪に値するなら、この世に生きるすべてのものを殺さなければ割に合わない。
 そうか、そういうことなのか。だから世界は滅ぶのか。
 狂気にも似た笑いの発作が喉の奥からこみ上げた。
 神に仕える聖職者である彼はすでに知っている。まもなく世界は滅亡する。この世界を管理する兄妹神が決めたのだ、世界に関するあらゆる権利を外なる神に委譲すると。それは無条件降伏だった。外世界の神々との永きにわたる戦いに、兄妹神は敗北した。この世のあらゆる生命は、外なる神の管理下では生存することすら出来ない。兄妹神の敗北は、この世の終わりを意味していた。
 しかし、しかしだからといって、こんな死に方は前座にもならない。化け物のような狂人に裏路地で殺されるなど、人生を神に捧げた男の幕引きには相応しくない。何故、神はこんな仕打ちを。これも試練なのですか。もつれる足を酷使して、男は薄暗い路地を駆ける。あの狂人は余所者だ。この街の入り組んだ路地のことなど知りもしない。地下道にさえ逃げ込めば、助かったも同然だ。あと少し。もう少し。次の角を右に曲がれば地下道の入り口だ。
 男の視界が大きく開けた。地下道の入り口のある通りに辿り着いたのだ。助かった。男を祝福するかのように羽音が虚空に響きわたり、白い羽毛が舞い落ちた。
「ああ……、神よ……」
 男のすべてを絶望が覆う。足に力が入らない。
 崩れるようにヘたり込みながら、男は天を仰ぎ見た。
 白い翼を生やした少女が男の頭上に浮いている。神に仕える翼人の戦乙女によく似ているが、姿形が似ているだけの冒涜的な化け物だった。
「みぃーつけた」
 弾けるような声がした。銀の髪を揺らしながら、少女は楽しげに微笑んだ。まるで花束を抱くように両手で槍を握っている。丈の短いスカートが夕暮れの風にはためいて、その奥の薄布がときおり男の目に入る。おぞましい。可憐な少女の無邪気な色気を彼の本能は拒絶した。
「逃げても無駄。天に瞬く星々の目は欺けないんだから」
「お……おい、やめろ……」
「世界を滅ぼす魔物の仲間は私、絶対に許さない!」
 少女、アリス・ウォーターリリーは槍を脇に構え直し、穂先を男に定めると、滑り落ちるように降下した。男は悲鳴を上げながら幼児のように路上を転がり、風のような突撃を半ば偶然にかわしていた。
「逃がさない!」
 戦乙女のブーツの踵が男の頭を突き飛ばす。アリスは体勢を立て直しながら、薙ぎ払うように槍を振り、その柄で男を打ち据える。痛みに呻く男の腿にアリスは穂先を突き立てた。湿り気を帯びた宵の空気を苦悶の叫びが切り裂いた。うるさいわね、とアリスが呟く。少女は槍を引き抜くと、鮮血滴る穂先で男の口を貫き骨を砕き、その股間を踏み潰した。
「魔物の手先は私の槍をしゃぶってるのがお似合いだわ」
 弾けるような笑い声を、夕闇は無言で包み込む。
 勝利の証を奪うべく、アリスは法衣に手を伸ばした。
「そこまでよ!」
 背後で鋭い声が上がった。
 張りのある少女の声、聞き覚えのある声だった。
 アリスは素早く槍を構え、声の主に向き直る。
 男が通った十字路に、黒髪の少女が立っていた。長い髪を三つ編みで束ねた、利発そうな少女だった。長剣を携えているが、それを抜こうとはしていない。少女剣士リリアン・ルーはアリスとの間合いを確認しながら、再び毅然と口を開いた。
「アリス・ウォーターリリー。また人を殺したのね」
 アリスは得意げに微笑んだ。
「私、世界を滅ぼす魔物の手先を成敗したの。すごいでしょ」
「その人は人間よ。神に仕える人間なのに……」
「世界を滅ぼす神なんて、神とは名ばかりの魔物だわ」
「だから殺していいっていうの?」
「そうよ。魔物は殺さなきゃ。魔物の手先も殺さなきゃ」
「じゃあ、あなただって魔物だわ」
 リリアンは長剣の柄に触れる。アリスはおかしそうに笑った。
「私は慈愛と正義の使徒よ。魔物なんかじゃないわ」
「でもあなたは翼人でしょ。翼人は神の使者。あなたは神を魔物だと言い、神に仕える者のことを魔物の手先だと言った。その考え方でいくと、翼人のあなただって魔物ってことになるわ。それにあなたのしてること。見境なく殺し続ければ、世界には誰もいなくなる。あなたの言う魔物の所行と、それってどう違うのかな」
 アリスの顔に陰が落ちる。無邪気な声が怒気を帯びる。
「リリアン。あなた、魔物に洗脳されたのね」
 アリスは槍を構え直し、天高く舞い上がった。
「任せて。私が助けてあげる!」
 けらけらと笑いながらアリスは空から突進する。
 リリアンは剣を抜かなかった。勢い任せの突撃を紙一重でひらりとかわし、アリスの脇腹を蹴り上げる。よろめくアリスの隙をつき、リリアンは槍の端を掴んだ。
「ちょっと。放しなさいよ!」
 小動物に噛みつかれた大型獣のような動きで、アリスは力と勢いに任せ、リリアンを振り払おうとする。しかし思うようにいかない。槍を掴んだリリアンは、己の体を軸にして梃子の原理を活用し、アリスの動きを翻弄する。アリスは深く息を吸い、天高く舞い上がろうとした。上空まで連れて行けば墜落を恐れておとなしくなる、或いは自ら手を離す、本能でそう判断した。しかしいつものようには飛べない。リリアンの体重が思いのほか負担になって、うまくバランスを取れないのだ。
 血を吸いすぎた蚊のように、よろめきながら飛行する。
 居並ぶ家屋の屋根よりも低い位置を漂うように。
 両手で槍にしがみつき、さらに足をアリスに絡め、リリアンは息を荒げながら懸命に口を開いた。
「アリス……、あなたの、していることは……、自分の首を、絞めるような……、あ、あああ!」
 リリアンが逆さ吊りになる。アリスが槍を手放したのだ。リリアンは二本の足のみでアリスにしがみつく格好となった。邪魔者をふるい落とすべく、アリスは夜空に舞い上がる。途端に体が軽くなる。少女の悲鳴が落ちてゆく。彼女の安否、その末路など気にも留めずにアリスは羽ばたき、彼方できらめく星々にからっぽの両手を伸ばした。
「自分の首を絞めるなんて、そんなことをしたら死んじゃう。命を粗末にするなんていけないことよね、お星様。そんな悪い子はやっつけなきゃ。私が世界を守るんだ。見ててね、お星様!」

(『外なる神々の囁き』第六回リプレイ小説B-2『アリスは神に抗議する』より抜粋)
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