何故私は彼女を殺し、その肉を食らったのか。

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016| 笑わない私でいられる場所
「大切なのは笑顔です。笑顔がお客さんを掴むんです」
 客のいない店内に、店長の声が響きわたる。
 夜の部が始まる時間、午後六時前になると朝礼が始まるのだ。
 場所はホール、つまり接客の舞台なので、朝礼が行われるのは客がいないときだけだが、客がいないのはいつもなので、毎日のように朝礼と称した怒鳴り声を聞く羽目になる。
「お客さんが来ないのは笑顔がないからです。お客さんが来ないからといってすぐに店を変える子がいるけど、ここで稼げないような子はどこに行ってもダメです。笑顔があれば稼げます。稼いでいる子は笑顔です。みんなはここで稼いでください」
 ツッコミどころ満載だ。笑顔がないとかそれ以前に、フリー客が来ない店で客につけるわけがない。だけど毎日のようにこんな話を聞かされていると、店を変えようという気持ちが消え失せていく。本当に、この店でやっていけないならどこに行ってもダメ、そんな気分になっていくのだ。さながらブラック企業の洗脳。
 店の業種はファッションサロン。ピンサロとキャバクラの中間のような感じのサービス。この店は週七日出勤が基本で、生理休暇も認めていない。給与は完全歩合制、時給保証はいっさいなく、クリーニング代と称して一万円の天引きがある。だから客が来なければ、週七日出勤で週給一万円以下、なんてことも普通に起きる。しかもヘルプの手当はない。ヘルプ時のトークは原則禁止。つまり、テーブルを掛け持ちしている子の代理で客についたときは、自分を売り込むことも出来ず、黙って無給で乳を揉まれていなければならないというルールなのだ。冷静に考えると明らかにおかしな話だが、人生に疲れていると疑問なんて持てなくなるのだ。
「お客さんを取れるかどうかは、美人かどうかじゃないんです」
 言いながら、店長は私を見た。
 店長は私のことを美人だと思っている。おまえは美人だから笑わない、美人だから客に媚びない、美人だから調子に乗ってる、そんなことではダメなんだ、と過去に何度も店長から言われた。
 的外れな言いがかりだった。自分の思い通りにならない私をある者は「ブスのくせに」と言い、ある者は「美人だから」と言う。どちらも滑稽きわまりない。表層しか見ない者にとって都合良く動くことを私に期待するなんて、おかしいとは思わないのだろうか。
 私は店では笑わない。アウレーリアの一件が起きる前からそうだった。私は客に微笑まない。風俗店での接客中に笑うことはほとんどない。でもそれは、自分の容姿を鼻にかけているからではない。笑えないのだ。笑うだけの精神的余裕を持てないからかも知れないし、無理に笑うだけの価値を見いだせないからかも知れない。私にとって風俗の客は、動物と同じだった。チンポをしごき、しゃぶることは、動物の汚物の処理をするようなものだった。
 なら、私にとって如月凛や打ち上げイベントの参加者は、無理して笑う価値のある相手だったということだろうか。ある意味では、そうなのだろう。たとえ自分のプライドを守るために過ぎないとしても、プライドを持って接さなければならない人間だった、ということだ。少なくとも彼女たちは、私の中では動物ではない。
 店長が怒鳴っている。私を見ながら怒鳴っている。
「笑顔です。笑顔が綺麗な子は、心が綺麗なんです。だからお客さんがつくんです。お客さんには必ず笑顔で接してください」
 支離滅裂だな、と思う。笑えないときに笑おうとしても、綺麗な笑顔にはならない。それでも笑えと言っている。綺麗に笑えと言っている。店長の言う笑顔とは、作り笑いと愛想笑い、つまり嘘つきの表情だ。喜怒哀楽の関係なく綺麗に笑える女がいるなら、それは心美人ではなく、心が死んでいるだけだ。店長の価値観はネクロフィリアのようだと思った。死体こそが至高の美女だと言っているようなものだ。
 幼い頃を思い出す。私は笑っていなければ母親に怒鳴られた。「仏頂面をするな」と母は鬼の形相で言った。森山の言葉を思い出す。「アネモネさんの笑顔は本当に可愛らしいですね。まさにエンジェルスマイルっていうか」──
 ああ、そうだ。だから私は風俗勤務をやめることが出来ないのだ。笑えない場所だから。笑うことが嫌いだから。笑うことが嫌いな自分を動物相手にさらけ出し、金をむしり取れるから。私にとっての風俗勤務は、殺人鬼予備軍が行うという動物虐待だったのだろう。
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