何故私は彼女を殺し、その肉を食らったのか。

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011| 臆病者の叩き売り人生
 新しく入った店は客の入りが悪かった。フリー客がひとりも来ない日が週に何度もあるくらい、新人にとって厳しい店だ。あの店を解雇されたのは痛かった、と私は暗い店内で思う。オンラインセッションに参加するようになってから移った、手だけで稼げる人気店。
 初めて小説を書いたあのとき、私は食事も睡眠も忘れて自室に引きこもっていた。キーボードを弾くこと、脳の中に鬱積する言語を吐き出し続けること、それだけが唯一の、現実に抗うすべだった。私は息をするようにただ小説を書き続けた。言葉を知らない私にとって、試行錯誤の連続だった。書き上がったときには既に、一週間が経過していた。
 ブログに小説をアップすると、そろそろ仕事に戻らなきゃ、そんな気持ちがわいてきた。風俗嬢になったのは、家が貧乏だったのと、男と付き合うくらいなら風俗で働いた方がマシ、そう考えていたからだった。つまり金が欲しかったのだ。搾取する側になりたかったのだ。「お金で買えないものもある。幸せはお金では買えない」、そんなことを言う母を私はいつも軽蔑していた。欺瞞にしか思えなかったのだ。母はいつも不機嫌で、子供に当たり散らしていた。小学生のとき、私立の名門進学校を受験しろと私は親に指示された。私は親に言われるまま、受験勉強に勤しんだ。帰宅するとすぐに塾、土日もテストや塾の課題で友達と遊ぶ時間はない。だけど努力の甲斐あって模擬テストでは好成績を修め、合格は確実と塾講師から太鼓判を押されるまでになっていた。しかし受験間際になって、「うちにはお金がないから私立の進学校には行かせられない」と親に言われた。お金がない、小学生の私にはどうすることも出来ない理由で私の努力は踏みにじられた。両親は一言も謝らなかった。私は親に抗議したが、その都度激しく罵られ、壁に叩きつけられた。私は貧乏と両親を憎んだ。幸せはお金では買えないなんて嘘だ、ただの現実逃避だ。少なくともお金があれば私の努力は報われたし、母だって、ここまで不機嫌ではなかっただろう。
 私はお金が欲しかった。だから風俗で働いた。
 だけどアウレーリアの一件によって、私の価値観に亀裂が走った。
 いくら風俗で稼いでも、私のもっとも欲したもの、アウレーリアの成功は決して手に入らない。莫大な原稿料を支払えば、星野さんは一本くらいは書いてくれるかも知れないけど、一度損なわれたものが元に戻るわけじゃない。私の今までの人生は、いったい何だったんだろう。私が信じてきたものは、いったい何だったんだろう。そんな疑問を覚えながらも、出勤の意思を伝えるべく店に電話を入れた私を待っていたのは「もう来なくていい」の一言だった。
 風俗勤めから足を洗おう、なんてことは思わなかった。
 何故なら、勤務内容が苦痛からだ。
 嫌いなこと、不快なこと、気持ち悪いことだからだ。
 それが嫌なことであると最初から承知していれば、たとえ辛い思いをしてもそれほど深手にならずに済む。小学生のときのことや、アウレーリアの一件のように、何ヶ月も引きずって涙を流すこともない。深手になるのは、好きだからだ。そこに希望を抱いたからだ。だから私はこだわりがなければ、なるべく嫌なものを選ぶ。そうすることが私にとって、防衛であり、抵抗だった。
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